100日

明けない夜はない、とか言うけれど、いろんな区切られた期間を生きている。

10日 取り組んでいる作業の多くは違うフェーズに移っている
100日 こころのフェーズは後戻りできない
10月 とつきあれば、物が形作られるだろう
10年 見た目も、本人の態度も、大きく変わってしまう
100年 もう個人では振り返ることはできず、歴史とか記憶のみが評価する

10年前の私は、5年目麻酔科医であって、心臓麻酔、経食道心エコー、インサイチューハイブリダイゼーション、ステロイド輸送蛋白、小児集中治療、小児心臓麻酔、医師の生涯教育について、熱心に考えていた記憶がある。麻酔科専門医試験を受けた年であり、所属は、大学院生(解剖学)と答えたと思う。

今日は、この10年前に机を隣にして互いに懸命に実験生活をしていた旧友と大相撲を見に行く。お互いの歩んだ道は当然異なっているのだが、同じように、10年を、1年、10か月、100日、10日、1日と、生きてきたことに変わりはない。

100日を意識して生きてみた。100日欠かさず一つのことを続けてみたのだ。新鮮な意欲、苦悩、怠惰、我慢、甘え、平坦な日常、再起する意欲といった目まぐるしく変わるこころのフェーズを感じながら、期間の終わる寂しさをもって、また新しい別の100日を迎える喜びようなものを感じながら、明日、100日目を迎える。

2007年の集中治療医学会学術集会の抄録をみてみれば、10年走り続けることの大変さのようなものを思い知る。会長は、丸川征四郎先生。演者に故人もおられる。

さて、最後に、短期的な個人のこと。10日ほど前に行った講演について、受講者の方々から評価をいただいた。私の10か月、1年の現職での評価といってもよく、自分の行っていることと期待されていることのギャップのようなものも感じているため、残された任期を再度気を引き締めてやりきろうと、あまり高くない評価にも気を取り直してがんばることにします。
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by khosok | 2017-01-21 11:40 | Comments(0)