人々の春に思いをはせて

この春は、また違った春だと実感している。

2015年の春は、Brusselsの郊外の森のそばのapartmentsに暮し、西洋マロニエの綿毛が舞っていた。街路樹の青葉が一斉に開き短い夏が始まる喜びを示すようだった。公園の小道からは、野ウサギが穴から顔を出し、幼い娘が喜んだ。

昨年の春は、新しい職場で半年がたってもなかなか地に足がつかず焦り、日々緊張の続くところにさらに大きな事態が重なり、そして新しい役職に代わるとの通達を受けたころには、もう夏になっていた。単身赴任の東京ではきわめて限られた場所にしか足を踏み入れず、生きているというよりも、仕事のために他の地に滞在しているような日々だった。

今年。考えれば、ここ3年、違うアパートで春を迎えている。いろいろなものが入れ替わった、わたしが誰か他の人に入れ替わること、それぞれのアパートにはそれぞれの住人が短期間、寝たりおきたりしているように、春にもいろんなひとのいろんな春がある。

20年ほど前になる、意識をなくし入院していた父の横で、因数分解の問題を解いていた私は、今晩は母親の代わり長く付き添おうといった。兄に諭されて帰ったら、すぐに呼ばれて、お通夜の準備が始まった。周りの人が、父が亡くなった日について、誕生日を越せたねとか砂をかむような慰めは不要だと思った。それから母は、息子の生きざまを20回の春という時を刻みながら、見つめ生きていることになる。

「草原の河(監督:ソンタルジャ)」を観た。チベットの草原に春がきて、河の水かさが増える。渡れた河が渡れなくなり、離れていたものが逆に離れられなくなることを河は知っている。春は、残酷に人生を前に進め、切り取り、そしてそれを繰り返す。
[PR]
by khosok | 2017-04-29 16:50 | Comments(0)

うちに帰ると娘の鉢植えのチューリップの黄色い花が開いていた。

球根を植えるときの大人たちの開花失敗の不安は、子供たちにもそして当のチューリップにも悪影響を与えることなく、自らの自然の成り立ちとして、必然的ともいえる意志でもって花開いた。いくつかの必然的なものごとの組み合わせがあれば、大人たちの不安は何の影響も持ちえない。

いくつかの必然的な事柄が時宜を得て組み合わされば、きのこは傘を開く。きのこをこよなく愛するひとたちもいれば、そうでない人もいるために、きのこが生えないように工夫をこらすひともいれば、きのこを育て日々をくらしているひとたちだっている。どのみち、大人たちの不安は、その介在さえ拒否されるような必然というべき滅亡か結実がある。

チューリップの花弁が落ちて軸が残ってそして次の球根ができるように、物事は、よくよく考えると、繰り返しているものだけが、今の世の中に多く見つけることができるものになっている。永遠の命がないのだから、繰り返さないものは、めったなことがないと今見ることができない。今見ているものは、自分の命にくらべて短いものは、終わりが来るように見えることが必然だし、自分の命に比べて長いものなら、永遠の続くように錯覚を受けるという相対的なものにすぎない。

私という生が、その宿命のようにしてその命の続く間に、例えば、チューリップに水をやったり、きのこをスーパーで買ってきて食したりと、何らかの形で、他の生命に対して決定的な必然となっている。歴史のような視点に逃げ込んで、わが身は、相対的には、はかないなどと考えることは、単なる自分自身への慰めにしかすぎない。

自己の行動を戒め、しっかりと生命の連鎖にくさびをうちこむ痛みを感じながら、生きていくしかない。願わくは正しい必然となって、生命の連鎖にくさびをうちこみつづけたいものだが。

[PR]
by khosok | 2017-04-16 20:53 | Comments(0)

匂いを感じ・・・

東京も桜が咲き始めました。

東京で暮らし始めて1年半になりますが、未だに駅を降り間違えます。今朝も、東京駅で降りるべきところを神田でおりました。・・・この大都会にはどこか没個性的なところがあって、駅の違いが乏しいのが理由だ・・・田舎では駅の前に広がる風景に決定的な違いがあるから間違えることなどありえないのだが・・・といっても、誰も同感してはくれないでしょう。駅それぞれにある直感的な匂いみたいなものは、当然異なっているのですが。

匂いを感じる、という意味でいうと、自分としては決して鈍感だとは思っていなません。匂いは単にその感じとられるケミカルな物質の差異の識別感覚であるだけではなく、快・不快という感情と直結し、またこれが結果行動にも影響しているということを脳科学が示している、そう理解しています。匂いとしてひかれるものに、近づいてしまう、気づくいているか、認識しているかは別として、結果としての行動が、匂いに支配されているかもしれない、ということだと。

結果行動の社会生活として、私が好むことは、反権力、反全体主義、独り考えることと整理できます。昭和一桁生まれの私の父は「人のしないことを仕事に選べ」と言い、学童疎開をせず大阪大空襲で逃げまどった経験を持つ世代の私の母は共産党に投票していました。1970年代世代として、京都にて戦後民主主義の教育、日教組、同和教育を基本とし、学校外のいわゆる塾においては戦争を知る世代、全共闘世代から教育を受け、怠惰、倦怠、退廃主義、虚無などを乗り越えて、仏教的な勤めと厳しさを信条とするようになっていきました。

そして、これまでの受験、恋愛または家に関わる失敗や成功の振り返りと日々の社会生活での経験を通じて、仏教的な信条ーたとえば、うそは言わないようにしましょう、とか、日課は怠らないようにしましょうとかーは、自分にとってとても大切なことだと思っていますし、また、同時に、他者に対する寛容のこころーたとえば、人はうそを言うことだってあるし、日課ができないこともあるとかーが、ますます強まっていきます。仏教的な匂いがするものに、近づいて行ってしまう、そういうことだと思います。

人の中には、権力の匂いに、また実際に権力の中枢に近づいて行く人がいます。私はその匂いが苦手です。私は、列にならびなさい、列から外れてはいけません、それで列の先頭でなくてもいいけれど、列の中でおでこぐらいはだしなさい、でも頭は出してはいけまん、みたいな教育の中で、キュウキュウとしながらしかし安全を確保し、しかし、休憩!列をみだしてよし、との号令がかかれば、独り黙々と一輪車に乗り続けるような、そんな小学生であり、その状態が、今も心地よいのです。列の前に立って列に向かって号令をする人になりたいとは思わない。

街々に、桜並木、桜のトンネル、桜の用水路で、整然としかし個性的にさまざま桜が咲きます。その中に、なんとも言えずひときわ目立つ桜があり、なぜか人が集まってくる。そんな桜があるものです。何が違うのか、言葉にはできない、何か「匂い」が、違うのでしょう。そして、この桜にも、盛衰と寿命があります。嗚呼・・・

ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ

[PR]
by khosok | 2017-04-01 11:02 | Comments(0)