ここで何をするのか

欧米の留学先を決める、あるいは面接を受ける際に注意すべきこととして、学んだことであるが、先方の人事担当者が、「あなたにとって、ここの場が何かあなたの将来のためになるのか」という質問に答えられるかが重要といわれる。欧米の知識人にとっては、放浪者や門外漢を受け入れる慈善行為は公に異を唱えるすべきことではないわけだが、自分として与えられるものが何かあって、その与えられるものが、求める者が欲することに合致していない場合は、慈善行為が成立しないととらえられる。だから、あなたが求めるものが何かを知り、それを与えられるかどうかに興味が集中することになる。

アジア的な発想では、目的や事象ごとの欲求を明確化せず、場とか空気とか仲間意識みたいなもので、取り囲んで「時」のような包括的な思い出を重視することが多いと感じている。私の場合も、その例にもれず、転職・転勤を繰り返しながら、場の空気感や思い出以外の本来の目的や意義を忘れがちなところがある。

国語が苦手でありながら、鍛錬のため文系科目選択とし、河合はやお氏に憧れて、教育学部で臨床心理学を学ぶことを目指していた高校生が、大学現役合格の夢破れた。家庭事情や兄のすすめもあって、心理学に治療介入も加えられる精神科医となることを目的に医学部を志望しなおし、2年の大学受験浪人の後に地元の公立医学部に入った。

こうした屈託の20歳から、20年後の40歳の今の私を見ると、さまざまな場や時を過ごしてきた。時々に、目的が明確でないときもあったと思うし、無為にフランス映画や香港映画ばっかり見ていた時もあるわけだけれど、人の死にざまとか死にざまにつながる心のうごめきのようなものには、ずっと興味がつづいていることに気づく。麻酔科医をしていても、術前・術後のケアの患者評価、緩和ケアの場でのひとびとのこころの問題、集中治療の場でも、終末期における家族のこころの問題、そういうことは、ずっと私にとって、テーマになっている。

山みちをあゆむなかで、峠を越えて坂を下ると木立の合間から人里が見え出すと、ふと思う。この村に一時身を置かせていただこうかと。特に目的もない。ただ、お経をよんですごすだけだ。そして、その村にも人々の生き死にがある。その村で、さて私に何ができるだろうか、と思うことが不遜だと思うこと、これが、アジアだ。


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# by khosok | 2017-03-16 11:19 | Comments(0)

ともに歩む、進路

千日回峰行者に毎朝軒先にお茶が差し出されるという。森の道の話、修行というイメージの中では、一人なんだけれど、たとえ修行であっても、多くの人に支えられてともに歩むというものだという。

俗世、在野に生きるものは、なおさら多くの他者との関係の中で、進路をとっていく。配偶者を持つものは、その同意のもとでないと進路は気持ちよく設定できないし、無理は後にたたる。

医師の留学、転職、転勤、それぞれの選択において、多くの人の助言とか綱引きとか、具体的な束縛とか、暗黙の雰囲気とか、いろんなものが影響をしているのだが、ひととおり情報を集約して、自分の大事にする物事を選び取るようなプロセスとともに、進路という具体的な選択をすることになる。そうして、いくら隠そうにも、選択結果は、彼が何を重んじたかをのちに示すことにもなってくる。

表面的に他人は世間話をして、あいつは出世欲が強いとか、金欲が勝るとか、上司に頭が上がらないとか、まあ、勝手なことを言い合っている。噂しあって楽しんでいる、うらやみみとか、さげすみとか、そういう面もあるかもしれない。ただ、選択の決断は、そんな単純なものではないと信じたい。さまざまな屈託の末に、進路の選択を自分では取れずに鬱屈している多くの社会人人日の人々の中で、意を決して舵切をしている人たちの心のうちまで、他人にわかるだろうか。

今の世の中、終身雇用みたいないものを信じられるほど安心できる状態とは感じていない。自分でそれなりの判断をして舵切をしていかないといけない要素が高まっていると思う。職の選択の可能性が、村や町から、国や世界に広がって、種類も多様となった。ひとりで判断するには、相当たいへんで複雑だ。それがゆえに、同行二人、ともに歩んでくれる人たちと、協力し合意し認め合い、そして、より良き方向へ舵をきって、生活をつづけるということになる。

人は一人で歩んではいない、ということを、再確認している。


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# by khosok | 2017-02-25 11:32 | Comments(0)

進路

青い鳥ではないが、森を歩くということの怖さがある故に、木々の間の谷底から、人家の雰囲気がしてくるとなんだかほっとするものだ。

一度、森の道を知ると、次のときには、ずっと余裕が出て、不安な時間も短く、道程そのものを満喫できるようになる。しかし、初めての道では、楽しむ余裕がない。

医師の海外留学についても、同じなんだろうと思う。
医師の海外留学ってのは、強制力もないし、目標設定を自分でしなければいけない。医師として生きていく上では、海外に暮らし研究なら臨床経験を積むことには、それほどの短期的メリットはないし、長期的なメリットも明確ではない、キャリアアップにつながる保証はない。給与や社会保障の面で、海外留学の方が高給となる例は殆どない。

一方で、医師の海外留学の中には、上司(教授)の斡旋でかなり定型的な道程が約束されたものもある。共同研究を進めるために、役割や身分保障、成功した際の褒美などが事前に示されていることもある。

医師の海外留学だけでなく、企業でのキャリアアップを想像する際のキャリアモデルがしっかりしていない状態は、世の中にあふれているのだろう。開拓精神とかリスクを背負う度胸とかそういうものが試される局面というのが、あるのだろう。それを人々はどうコーピングしてきたのかと聞きかじることで、自分もそれなりに歩みを進めることになる。決して他人は地図をくれたりはしないが、ヒントはくれる。たとえば、「森の中で、木に赤いマーカーがなくなれば、道を間違っている」ということを教えてくれたりはする。

なんども、留学するわけじゃないから、一度しかない人生を楽しむしかない。進んでこそ進路。

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# by khosok | 2017-02-20 08:33 | Comments(0)

氷の暗喩

ひとはみないろいろ考えてるけれど、周りに見えている部分ってのは、ほんの一部だ。まるで、氷山の一角のようなものだ。

思いを言葉にできる度合は、ひとそれぞれ異なっている。体で表現できるものも、多い人もいるし、思いとは全く逆な体表現をしてしまう人もいる。表情は、結構、正直だといわれるが、それを他人が読み取ってくれる度合に差がある。

他人は、きわめて気まぐれで、興味のある人は、海面を潜ってまで、氷の形を確かめようともする。しかし、興味のない対象には、氷山の一角をみてよけていくような態度となるし、そもそも、そういう海域に入らないと、氷山をみることさえない。

そして、氷はとける。人生とは、氷がそこに存在したあとを全く気付かせることなく周囲に溶け込むかのようになくなるような、人が死んだのちには無になるそんな危うい実態なのだ。氷山は、タイタニックを沈めたという忌まわしき記憶として、人々に記録されているだけであって、その実際の氷山の実体は、今頃とうに海水に置換されて、仮にそこに同じような氷山があったとしても、また異なる実体として再生したまでのことだと容易に納得できる。

バーでwhiskyによって驚異的な美しさでその表面だけを磨かれるようにして周囲と一体となりながらとろけてしまわないように、ちいさなグラスにきっちりと収まって、けっして割れたりグラスから転げ落ちることなくそこに存在する強い意志をもって、しかし一時琥珀色の液体をまといしまいに流しの中で水となる宿命を秘めた、丸く削られた氷が、われわれの人生なのだ。

「全身麻酔の魁ー高嶺徳明(松本順司)」をよんだ。華岡青洲より前のことを知らなかった。麻酔科医として、恥ずかしい。一杯のシングルモルトのように、一冊一冊の著作から、その深みのようなところに、近づきたい。その衝動的な行いも、しかし、氷が溶けてなくなることを、受け入れなければ、ただの苦悩になるけれど。

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# by khosok | 2017-02-04 08:14 | Comments(0)

ベルギーに2年半弱留学しておりました。(2013~2015年)

研究室の同僚たちが、懸命に論文を書いてくれており、ここに名前を連ねてもらっています。ありがたいことです。これ以外にも、進行中のものがあります。本当に、さまざまな人に感謝しております。

Changes in kidney perfusion and renal cortex metabolism in septic shock: an experimental study.
Post EH, Su F, Hosokawa K, Taccone FS, Herpain A, Creteur J, Vincent JL, De Backer D.
J Surg Res. 2017 Jan;207:145-154.

The Harmful Effects of Hypertonic Sodium Lactate Administration in Hyperdynamic Septic Shock.
Su F, Xie K, He X, Orbegozo D, Hosokawa K, Post EH, Donadello K, Taccone FS, Creteur J, Vincent JL.
Shock. 2016 Dec;46(6):663-671.

Effects of Different Crystalloid Solutions on Hemodynamics, Peripheral Perfusion, and the Microcirculation in Experimental Abdominal Sepsis.
Orbegozo D, Su F, Santacruz C, He X, Hosokawa K, Creteur J, De Backer D, Vincent JL.
Anesthesiology. 2016 Oct;125(4):744-754.

ISCHEMIC CONDITIONING PROTECTS THE MICROCIRCULATION, PRESERVES ORGAN FUNCTION, AND PROLONGS SURVIVAL IN SEPSIS.
Orbegozo Cortés D, Su F, Santacruz C, Hosokawa K, Donadello K, Creteur J, De Backer D, Vincent JL.
Shock. 2016 Apr;45(4):419-27.

THE EFFECTS OF FENOLDOPAM ON RENAL FUNCTION AND METABOLISM IN AN OVINE MODEL OF SEPTIC SHOCK.
Post EH, Su F, Taccone FS, Hosokawa K, Herpain A, Creteur J, Vincent JL, De Backer D.
Shock. 2016 Apr;45(4):385-92.

Treatment of intraparenchymal hypertension with hyperosmotic therapy: hypertonic saline 7.45% vs. mannitol 20.
Santacruz CA, De Backer D, Taccone FS, Su F, Orbegozo-Cortes D, Hosokawa K, Donadello K, Vincent JL.
Minerva Anestesiol. 2016 Feb;82(2):186-95.


スーさんにほんとによくしてもらい、自分としては、頑張って動物実験しました、結果もつくりましたけど、うまく論文とできたのは、次の仕事。。。システマティックレビューですね。いろいろありました。

Timing of tracheotomy in ICU patients: a systematic review of randomized controlled trials.
Hosokawa K, Nishimura M, Egi M, Vincent JL.
Crit Care. 2015 Dec 4;19:424.

Ultrasound Imaging Reduces Failure Rates of Percutaneous Central Venous Catheterization in Children.
Shime N, Hosokawa K, MacLaren G.
Pediatr Crit Care Med. 2015 Oct;16(8):718-25.

Clinical neurophysiological assessment of sepsis-associated brain dysfunction: a systematic review.
Hosokawa K, Gaspard N, Su F, Oddo M, Vincent JL, Taccone FS.
Crit Care. 2014 Dec 8;18(6):674.


実は、留学を終えて1年以上経って、やっと、留学というものに、向き合えるようになりました。いろいろ思いもあります。実際に、論文に名前を載せてもらっていることに、感謝の念でいっぱいです。

今は、こういう英語論文の世界から、遠ざかっておりますが、また、もう少ししたら戻ることになります。京都北部で働いていた時も、今東京で働いている間も、その現場でのことを優先し頑張っているつもりで、そのため、英語論文を作り出すつもりもまた実際に作ることもできません。

今後も、できる限り、場所場所にあったやるべきことを、頑張っていきたいと思います。
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# by khosok | 2017-01-22 21:35 | Comments(0)

100日

明けない夜はない、とか言うけれど、いろんな区切られた期間を生きている。

10日 取り組んでいる作業の多くは違うフェーズに移っている
100日 こころのフェーズは後戻りできない
10月 とつきあれば、物が形作られるだろう
10年 見た目も、本人の態度も、大きく変わってしまう
100年 もう個人では振り返ることはできず、歴史とか記憶のみが評価する

10年前の私は、5年目麻酔科医であって、心臓麻酔、経食道心エコー、インサイチューハイブリダイゼーション、ステロイド輸送蛋白、小児集中治療、小児心臓麻酔、医師の生涯教育について、熱心に考えていた記憶がある。麻酔科専門医試験を受けた年であり、所属は、大学院生(解剖学)と答えたと思う。

今日は、この10年前に机を隣にして互いに懸命に実験生活をしていた旧友と大相撲を見に行く。お互いの歩んだ道は当然異なっているのだが、同じように、10年を、1年、10か月、100日、10日、1日と、生きてきたことに変わりはない。

100日を意識して生きてみた。100日欠かさず一つのことを続けてみたのだ。新鮮な意欲、苦悩、怠惰、我慢、甘え、平坦な日常、再起する意欲といった目まぐるしく変わるこころのフェーズを感じながら、期間の終わる寂しさをもって、また新しい別の100日を迎える喜びようなものを感じながら、明日、100日目を迎える。

2007年の集中治療医学会学術集会の抄録をみてみれば、10年走り続けることの大変さのようなものを思い知る。会長は、丸川征四郎先生。演者に故人もおられる。

さて、最後に、短期的な個人のこと。10日ほど前に行った講演について、受講者の方々から評価をいただいた。私の10か月、1年の現職での評価といってもよく、自分の行っていることと期待されていることのギャップのようなものも感じているため、残された任期を再度気を引き締めてやりきろうと、あまり高くない評価にも気を取り直してがんばることにします。
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# by khosok | 2017-01-21 11:40 | Comments(0)

歩む

みなさま 本年もよろしくお願いいたします、

さて、人類は、歩んできたわけです。海部陽介さんの本「日本人はどこから来たのか?」を読みました。40万年とかよくわからないくらいの昔ですが、ホモサピエンスは、きっと雪・氷ってものをうまく使ったんだと思いますが、かなり広大な範囲に、生活の場を広げていったんですね。好奇心なのか強迫神経症的な切迫感の所以かは、分かりません。でも、結果として、ホモサピエンスは、北極圏に暮らしていたのだとのこと。遠くにたまにしか見えないしまがあるから、行ってみたいと思って、海を渡って、日本列島に到達したんだってこと。

海部さんは、偶然の漂流と移住を意図した集団での渡航は違うという内容を書かれいます。これは、それなりに、現実的には面白いです。ノアの箱舟の話ですが、生活単位セットで移動しないと、新天地では従来の生活が継続できないという、現代の引っ越しに相当する概念の導入です。

これは、マトリョーシカの一番小さい人形について、考えるようなものです。

河口慧海さんにしろ、クック船長によせ、コロンブスさんにせよ、有史の冒険は、ホモサピエンスの発見だったわけです。ホモサピエンスの暮らしの凌辱であったといっても、いいかもしれないと。

グローバリゼーションは、科学の進歩による恩恵であり、また古い価値観を凌辱する行為であると。シルクロードを人があるくことと、WWWという仕組みで情報が行き来することの相似形を考えて、人類の歩みの最初の一歩がいかに恐ろしいことかを考えます。一番小さい、マトリョーシカをつくることを思いついた人がいるということです。

「古墳の歴史(森下章司)」では、古い時代の人の移動が当然のようにかかれてとありました。歩む、歩む、歩む。ホモサピエンスは、やめようよと他人が諭してもなお動きたいという生存原理のようなものとは違う論理の歩みを止められないという、宿業を背負っているのです。

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# by khosok | 2017-01-12 23:06 | Comments(0)

牛乳配達の思い出

大学生の時に、牛乳配達のアルバイトをしていた。

週3回、朝4時から2時間程度で、200本くらいを60軒くらいに配るのだった。大きな店の冷蔵庫から牛乳を軽トラの荷台に積み込んで出発する。配り終わるころには、すっかり明るくなって出勤を始める人たちがちらほらとで出す。

15年くらい前の話だ。形状が、「ガラスの瓶に紙の蓋」から「総プラスチック」に代わった頃だ。ある雨の朝、大きな交差点で新聞紙が美しい弧を描いて落ちていたのを見て、現場にいた配達員の残念さに共感した。牛乳瓶がガラスだった頃は、配達途中に隙間ができたトレーの中で瓶が踊って割れることがあり、店まで補充に取りに帰ることがあった。紙の蓋は、隙間から微妙に漏れて、配り終わったころには、手が牛乳くさい。きちんと洗わずに出される牛乳瓶を回収するためでもある。

昭和の住宅街と古い村落、新興造成地、それぞれに漂う空気感が違う。朝の暗い時はそれがよくわかる。クリスマスのデコレーションが、誰も見ない早朝も光っているのを、成金趣味だと思い、しかし同時に我ら早朝の労働者を思っての温かな思いやりかと受け止め直したりする。やや単調な体を使った役務からは、そういう社会を多面的に見るようなことを体得していくことになる。

忘れない感覚が、ヘッドライトの暖かさだ。冬かじかむ手を軽トラのヘッドライトで温められることに気づいた。なんだか大発見した気分になった。用途や目的外にも、有益な部分がある。しかし、夏なら、熱いだけだ。

1年半か2年弱で、大学の実習が忙しくなってきたことを理由に辞めた。終わりの頃、私が辞めたいと店長に伝えてから、半年程度は、次の人が決まらなかった。次の候補者が、引き継ぎ兼体験勤務をするのだが、実際に、こなくてよいよといわれるまで、2・3人の人と一緒に回ったと思う。ひとそれぞれに、それぞれの思いがある。


それから、15年。朝、新聞受けに新聞を取りに行き、新聞が入っていない日がある。そういえば、前日の新聞に、その朝の休刊が書かれていたなあと、苦笑いを噛み殺す。牛乳配達員であった私が寝坊して、いつもより30分くらい遅く、日の登った住宅街で一軒の牛乳受けに向かうと、お婆さんが玄関先で、「ごくろうさま」といってくれたことを、思い出す・・・・たまたまのことか。待っていたのか。事故などを心配していたのか。それ以外の思慕のような感情のためか・・・・

自分の役務が、どのように他人の心の中に、どんな形で入り込んでいるかは、計り知れないもの。年末の雰囲気に乗じて、思い出の束に少しふれなおした。
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# by khosok | 2016-12-23 09:01 | Comments(0)

家族とすこし長めに過ごした。関西方面での2日出張のためだ。

土曜朝の環状線で娘の髪を結ぶ母の姿をみて、自分としてこういう母子のためになにか役にたつ仕事ができているだろうかと、やや感傷的な思考に入り込みそうになった。社会としての平安ということを思ったのだ。

私が自己を主とした個別事例にではなく、決定的に社会に視点を向けるようになったのは18歳の春だと思う。その時夢破れ、自分のためではなく他人のために生きるという思想の転換が起こった。とはいえ、その後も、タバコがやめられない自分とダブるように、虚無的であったり、退廃に憧れたりしたが、家族を持つとか、いろいろ変化があり、また、日本を離れ海外での家族水入らずともいうべき生活を経て、単身赴任の今も家族を思いつつ、社会とかひとのために仕事をすることを、ひとまず総論的には自己像としておかしくない、そんな40歳に達そうとしている。

家族の住む家で、休日の朝息子は私を起こし将棋をさすことをせがむ。昨年から私も将棋の駒の動かし方を勉強しだし、息子より少し早く上達している感触だが、お互い素人打ちで、おじいさんが、横から見て、にやにやしている。隣の台所から、妻が食事ができたと呼ぶ・・・

「聞けわだつみの声」は、若いころの私を大きく変えた著作の一つだ。18歳の私は、特攻の青年たちと同じ言葉を同じ歳で発することができないことに、なんとも言えない苦々しさを感じていた。私は社会や日本や家族のために、何一つできることのない、たばこばかりすっている、なかはらちゅうやみたいな自暴自棄に浸るような、大学受験浪人という地位を謳歌し、同級生たちに後れを取って・・・・・・そんな屈託がなんだか懐かしい。それから20年がたった。

時代により大切なものは変わるかもしれないが、変わらないものがある。家族のために、そして家族を支えるために社会を守るためそして同時にひとのおうちの家族やみなのために、日々私が目の前の作業や役割に真面目に取り組んでいかなくてよいはずはないではないか、何気ない休日の朝の日常的な風景が、私に改めて心の整理を促してくれた。

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# by khosok | 2016-12-10 12:24

気温がすこしずつ下がっていく秋に、改めて死と離別を考えている。

「八日目の蝉(角田光代)」が池袋の古本屋で平積みになっていたため、買って読んだ。ベルギーで奥さんが日本人コミュニティーから借りて読んで面白がっていたのを思い出した。主人公の衝動的に子育てを始め逃避行の中で貫かれた親子の愛情というものをしっかりと一本の筋を通して描ききった著作に感激する。

「禅ー心をかたちにー:東京国立博物館」にて、世代を超えた仏師たちの足跡に触れながら、山田無文の著作を2つ買った。これまで仏教的な自己救済または現世利益の考え方として、世俗の中でも、規則とか精進みたいなことを続けることを修行としてとらえて、成仏に近づくといったことを学んできたわけだが、逆にこうした僧侶として生きる人たちは、親子の情にも近い深い慈悲の心をもって、世代を超えて、我々に正しい考え方や生き方を教えてくれている。天台的な価値観でいうと、不動明王のような憤怒でもって迷いに打ち勝つ力を与えていただくわけだが、これぞ、母親の愛と重なる深い情の現れとみてもあながち間違いではなかろう。

「湯を沸かすほどの深い愛(監督:中野量太)」で、宮沢りえさんがはなっている母親としての強さは、こころにずしりとくる。血のつながり、子育てのなやみ、お金や土地親族のいざこざ、夫の浮気、老い、痴ほう、死別と、家族・夫婦にはとかくいろいろあるわけで、それでもなお削り取った後に残るものは、深い愛で、深い愛を世代を超えてつなげて、我々は、ホモサピエンスとしての歴史を歩んできた。

ひとのこころに残るものが、世代を超えて、ひとのこころの中で、伝わっていく。
こわくもあり、また、うれしくもある。

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# by khosok | 2016-11-23 17:33 | Comments(0)