すこし疲れたので、「國破れてマッカーサー(西鋭夫)」を読み始めました。やはり20世紀の日本史はとても面白いし、反戦後民主主義教育論が結局しっくりきていしまうのは、なぜでしょうか。とはいえ、一番愛する作家は、大江健三郎なのですが・・・・

これは、自分の国、自分の属する国家、自分の属する社会を肯定することが、つきつめれば、自分や自分の人生を肯定することになるということでしょうか。間違っていることもあるかもしれない、いや、人は所詮間違いをたくさんおかして、文明と文化を発達させてきたのだ、それでも、自分を信じ、自分の家族を信じ、社会を、国家を信じて、肯定して、そして共に歩もう、そういうことなのかもしれません。

科学や医学を学び、疑うことになれ過ぎました。さらに、21世紀になって情報が信じられなくなったのは、情報公開とインターネットで自由になんの責任もなく多くの人がいい加減なことをたくさん言うから、真実が見えずらくなったのです。情報がなければないほど、迷いは少ない。情報を発信する人は、すべての混乱の一因になっているとの自覚を持つべきなのです。もちろん、このブログもそうです。

ブログに備わっている機能で、このブログがどのような検索ワードによって探し出されているかの集計が見ることができますが、その1番は、つねに、ディプリバンとプロポフォールで、次が、ASA-PSです。僕の過去に書いたこれらの特に前二つの薬剤関連の記事は、削除した方がいいかもしれません。ASA-PSは、未だにそれなりの問題提起になっているー翻訳した人の責任を問うことになっているーので、残してもいいかもしれませんが。

ここベルギーに来てからは、殆ど集中治療や医療のことを書かずに、語学と国(特に日本)のことを書いてきたように思います。海外に暮し、臨床から遠ざかって、時間に余裕があり、語学と日本のことを考えながら過ごした2年間だったということです。

海外に暮し、日本のことが肯定できるようになりました。生まれた京都を離れて、逆に京都の良さをわかった気分に近いです。ここに、愛国という思想のなかに、かすかに見出される、自分を肯定する根拠があるような気がします。
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# by khosok | 2015-05-29 17:12 | Comments(0)

がんばっている人を見ていると、いい加減には、批判したり、賛成したりできない。きちんとわかっていないから、判断しない、そうしないと頑張っている人に失礼だ。

それでも、なんとなくわからないままに乗せられてしまう場合と、よく分からないけど乗らなくていい船には乗らないということの差は、大きい。絶対に乗るべきだと自分で確信できる船なんてふつうはなくて、何事も賛否両論だから、人生、わからないときは、何に賭けるかと言ったら、人に賭ける。北アフリカからイタリアへ難民か何かわからないけどたくさんやってくる。乗せられた船か?自分からどうしても乗りたかった船か?乗らなくてもいいという選択肢はなかったのか?そういう現場の感覚がわからない。でも、信じる(が、まだ国内にいる)支援者のいうことに賭けて、(なけなしの)お金を払って、イタリア行(と言われる)のすしづめの船に乗ったのだ。

僕は、留学した。なんとなく乗せられて留学したのか?留学しなくてもよかったか?自分でこの船は乗るべきだと確信していたか?この現実感覚は、僕と奥さんの秘密だ。どれだけ説明しても、きっと他人には伝えられない。一つだけ言うなら、僕(という賭け事のまったく苦手な人)が、ただ頑張っているという雰囲気だけで自分に賭けたのだ。いい加減には判断はしていない。

選択は、いい加減では失礼だ。特に「頑張っている」という抽象的で目に見えない雰囲気が、選択をやや厳密にさせる。そして、最後は、人に「賭ける」。すべてが矛盾しているが、これが選択だと納得した。
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# by khosok | 2015-05-18 19:51 | Comments(1)

原子力発電に関する情報収集、再度。
僕のYoutubeの履歴です。

原発の真実を撮影した男・樋口健二
被曝する労働者達:下請け・日雇いが支える原発の実態
衝撃の瞬間「チェルノブイリ」 1/5
放射性廃棄物はどこへ?
核のゴミ抱える村 青森・六ヶ所村の現実
世界初の施設「オンカロ」[1/2] 使用済核燃料の最終処分場inフィンランド
もんじゅ臨界 1
ロシア地下核工場 クラスノヤルスク 1
放射能=ガンだけじゃない【福島原発】日本でも アメリカ兵ぶらぶら病
原子炉の脆性破壊:玄海原発1号炉劣化問題
大間原発 驚きの別世界
原発マネーの幻想~山口・上関町30年目の静寂~

簡単にまとめると、商用原発は定期点検で多くの労働者が被爆しないと維持できない(すくなくとも、そういう時代があった)、廃棄される使用済み核燃料の安全な保管方法は未だ「発見・発明」されていない、核リサイクルは実情と違う(すくなくとも、そういう意見の専門家がいる)、比較的安全なのは、安定した岩盤地層奥深くに埋没させること(だと考えて、実行している国がある)。日本では(どうやら使用済み核燃料は)六ヶ所村に集めて(すくなくとも、その一部は)フランスへ送り再処理施設で、薄めて海と大気へ吐き出すか、シベリアへ捨てているか、プルトニウムを核弾頭に使うか、劣化ウランとして使う。

どこまでが本当かしらないが・・・インターネットの世界では、たった数日で、こういう情報を得ることができる。当然、僕の能力では「元を取る」ことができない。結局、僕ら素人は、ここに住む人たちのように知らされなければ、何もわからない。

なのだから、責任ある人は頑張り続けてほしい。知識があり、現実を直視できる立場にある、本当のことが分かっている人が、将来を見通して、きちんと責任を持って強い心で生き抜いてほしい。常に、流されず。タブーとか言って、目を背けないで。

まあ、組織人としての生き方としては、この人みたいなことだ。
そして、今までも似たような人はたくさんいただろう。

元東電社員の告白 辞めたワケと20年前の"ある事故"(1)
元東京電力社員・木村俊雄が告発する福島原発事故の真相 2-1

このお二人とも、結果として組織にいつづけることにこだわらなかった。残念でならないのは、組織を本当の意味で変えられるのはそういう人以外にはいないだろうに、組織を去らねばならなかったという現実だ、願わくば同じ心意気の後輩が同じ役割を担っていることだ。

責任ある人が責任をきちんと果たし続けてほしい。そういう人の近くにいる人は、その責任ある人をサポートしてほしい。後輩も同じ心意気を受け継いで、頑張ってほしい。そういう、今も頑張っておられる方々を応援したい、また感謝したい。
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# by khosok | 2015-05-11 02:45 | Comments(0)

ケント・M・キース「それでもなお、人を愛しなさい」(大内博=訳)
を読んでいる。内容はwikiで見られる。

確かに、生きるってことは、いろんなものを含み込んで、それでもなお前に進むことで成り立っているという感じはある。小学校5年生の時の担任の先生が、次のように言った;
僕「体調がすぐれないんです、今日のマラソンで、100%の力が出せるとは思いません」
「100%の体調で試合に臨める時なんて、人生でほとんどない。それでもなお、試合をするのが、人生です」

父親が強迫神経症的に懐疑的な人間だったことに強く影響を受けて、僕もひねくれた青年時代を送っていた。矛盾の中で身動きが取れないところから基本的には退廃的なところに身を位置させていた。大学入学試験に2年失敗したこと、同時期に父親がなくなったことで身が解放されて、大人への階段を上っていった。よくわからなかったが、自分のことはどうでもいいので、利他的に生きようと思った。「利他的遺伝子」が日本語訳で発刊されたころで、強く影響されていたかもしれない。「きけわだつみのこえ」にも、自分がきわめて不安定な国民意識ーー国歌を歌うことを先生が否定するような国民として育てられたといういみでーーの上にあり、かつ自分のその位置取りが変えようもないという現実感覚に対して逆説的に自分が何を心の支えとして生きるかを考える原点となっていたと思う。つまり、きわめて利他的であることが、懐疑的な思索を経てもなお強く自分を支えてくれる可能性が高いという結論に、18歳の春に至ったのであった。

その後、仏教の勉強にも多くの時間を費やしたし、いわゆる啓発本というジャンルの人生指南書のようなものも乱読していた。20年の経験の中で、利他的であることを中心からそらす原動力を持つほど強い影響を与えた本はない、つまり、今も、かなり利他的である。

人は結局もっとも単純に考えるとすききらいで動いているらしい(原典不明)。この科学的背景を詳しく分析していないが、なんとなく当たっている気はする。自分は、どう生きたいかということを考えると、基本的には、利他的であり続けることが好きだというところに回帰してしまう。

大学院の時に指導いただいた先生が、僕に聞いた;
「しっかり研究しなさい!誰のために研究してるの?自分のためでしょ?!」
ま、懐疑的で逆説的である僕は、納得したのだ;それでも研究をしなさい、それが最後は人類のそしてあなた自身の生存に有利になるでしょうから。馬鹿らしい疑念を頭の中でぐるぐる回して考えている暇があれば、なにか利他的に動き出すことである。どうせ、人なんてものは、頑張って一日あるいて、元いたところと同じところに返ってくるくらいのことしかできないんだ。毎日歩き続けたら、なにかきっと見つけられる、そして、60年歩き続けたって、大したものは、見つけられないんだから。それでもなお・・・、

さして説得力のある論理は展開できないのに、「それでもなお」という一言で、含み取られてしまう。
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# by khosok | 2015-04-26 17:09 | Comments(0)

身分の固定をほどくこと

あらゆる世代の個人に均等な機会が与えられていることが、社会全体に活気を与え、個人に生き生きとしたやりがいをもたらすのだ、こういう発想が何となく身に染みてきた。

ベルギーにも身分があって手厚い社会保障があるので、いわゆる楽して生きるようなことがまかり通っているようだ。年金や失業保険、養育援助で生きる人がいる、働く必要がないから働かない。一度手に入れたそうした安住できる身分を手放さない。当然こうした過去の施策は改変を迫られるが抵抗勢力により骨抜きになる。


僕が医師として就労を始めた10数年前、すこし上の先輩が教えてくれた;上司が変わらないからポジションがあかず、やりたいこと、あるいはやるべきことが実践できない。年金支給年齢の上昇で、幹部クラスの退職年齢が上がることがそれに拍車をかける。ポジションがあくまで、どこかに行って武者修行でもしておいで、といってもパイの増えない業界には、可能性の場も乏しいのだ。そうして鬱屈した40歳前後のエネルギーが偏狭な発散の仕方をすることを見てきた。

最近、経済・社会の言論に興味を持ち、乱読している。そして、勉強を進めると、医者労働市場の閉塞の原因はいとも簡単に説明できた。身分の固定が原因なのだ。確かに、医者の場合は、医師免許を保持することが身分を規定する。医者という身分を社会からすれば問題視するかもしれないが、医者の給与水準を決めたのは社会の側(医者の側からのパワハラを解除できない側)なので、医者の身分とそれに付随した高給を社会の側から問題視するのはおかしい。そもそも、医者のように修練期間が異常に長い身分が社会に解放されずらい構造は本質的に仕方がない。日本の場合、大卒者の編入制度使っても最低給与が発生するまで4年の期間が必要で(それでも短くなったものなのだが)、実働可能となるまでそこから最低2年、専門医レベルの技能を持つまでさらにプラス4、5年が必要である。このような身分を開放するには、フランスのように医学生や研修医に豊富な奨学金をだすことだが、日本ではそれ程進んでいないと思う。

僕が問題とするのは医者労働市場の内部の閉塞感だ。これはその内部にさまざまな身分が設定されていることが原因だと思う。大病院の部長ポストや教授を筆頭とするアカデミアポジションなどである。同時に医師の給与はほぼ年功序列で規定されており、大した市場原理が働いていない。少なくとも一般の医者には、能力給という概念は適応されない。能力が高いため早く帰宅する医者より、理由を問わず残務している医師の方が収入は多い。給与ベースが固定的で、権力や身分が固定化され新陳代謝が悪くなった組織は必ず腐敗する。世代を問わず、組織に参入できるチャンスを均等に割り振る努力がされている組織が、いつまでも活力を持ち続けるのだ。

医者の労働市場はその閉塞の逃げ口を開業という自営業者への転向で発散してきたが、労働市場は単に人材の多様性を減らした。ガラパゴスが残る構図だ。

身分が固定化されていない社会の方が、人々のやる気が出る。もう一回やり直そうと思える。内部にも緊張感が生まれる。さまざまな経験を経た中年者が組織に1年目で来ることも強い刺激になる。

現在専門医制度が改訂される直前である。僕も現在麻酔科指導医、集中治療専門医であるが、きちっとレールに数年乗らないと取得できない。労働現場での人質期間とのトレードオフで資格を取るような構図になっている。修練に期間が必要なことは理解できるが、もうすこし途中参入の自由度が高い専門医制度でいいように思う。内科であっても途中から集中治療専門医であり、職業人生の後半は、それらの知識を総合的に生かしながら総合診療医へ移行して、などということが今以上に自由であれば、医師のポジションにもやや活力が生まれるのではないか。

具体的には
1.クレジット制にして、別の地域でとったクレジットも自由に使える(現場の裁量ではなく、制度化する)
2.何年も前にとったクレジットであっても制限付きで認める
3.オーバーラップするクレジットを設けて専門医間の移行を容易にする
4.その代わりにリフレッシュ講習などにより中年復活を促す対策を講じる
などが思いつく。こういうことで、5年以上産休を取った多産女性医師の機会も均等化されると思う。

それでも残る問題は、年功序列の組織形態と給与体制である。
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# by khosok | 2015-04-16 15:31 | Comments(0)

僕の見た大日本帝国

写真で読む 僕の見た「大日本帝国」という本が好きだった。10年ほど前に新書で買った覚えがある。美しいカラー写真の中にパラオのぺりゅりー神社の鳥居も載っていたと記憶している。パラオの国旗の言われなどもこの時に学んだと思う。

僕はずっとこういう現場感覚、時代感覚を肌で感じたいという願望が強い。現場をきちんと知りたい。しかし現実にはそれ程強い行動力もないし自分の足で最大に拡大した大日本帝国の痕跡を探る旅などにでることは僕にとっては非現実だった。

しかし自分なりに少しは足を延ばすようにしている。例えば岡山で学会があれば、吉備津神社に行かなければ気が済まない気分になり裏の丘には登らないといけない衝動に駆られてぬかるむ道を革靴をドロドロにしながら登った覚えがある。

当然、衝動が始まりであっても、その真の心意気が重要だ。なぜそこに行きたいのか、そこに行って何をするのか、何がそこにあるのか。

最大に拡大した大日本帝国の外周を歩いてみた、というような行為は、目的、行動、そして写真集の発刊という結果に関して、何か一貫した主張性が感じられて素晴らしいと思うのだ。さらに、その他の西牟田靖氏の出版物を検索すると、「僕の見た・・」以降も同系列のテーマを扱い、数年に1冊のペースで着実に仕事をされている。僕も、そういう風に、一貫した仕事ってものをしたいのだが・・・
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# by khosok | 2015-04-10 13:14 | Comments(0)

安物買いの銭失いというものの安いものがあるとつい買ってしまうものだ。しかし、こういう考えがここ数年の生活の中ですこしずつ修正されてきた。だんだんと正規価格でものを買いたいという意識に変わってきたのだ。

安いには理由があるとよく言われた。そして安物を買って失敗することもたまにあった。しかし買って失敗しても安物だったと納得している。そんなことなら買わない方がましなのに。

そして、僕は概して食料品や消費財以外のものを買わないので、買うときは普通に買ったらよいと思う。それで長持ちする方がよいのだ。たまの買い物で損な思いをしたくない。そしてディスカウントを買うことで有能な努力する生産者の収入が減り、ずさんで安物を売る好ましくない生産者が小さな得をすることも、許せない。日本産のコメを買うことで日本の農家を守るように、より良き製品を買ってより良き製品を生き残らせたい。

結局市場経済の中で目に見えない他人からものを買うことで生活が成り立っている。そして、食べ物屋でバイトするとその食べ物屋でものが食べられなくなるようなことが起こる。よく知る農家から残り物でもらうみかんがやたらとおいしい理由でもある。しかし原理主義のようになると生活がたちまちなりたたないのも事実だ。モラルや法に頼ってもどこかに抜け穴が生じることは否めない。

経済は沼のように深く僕には全く理解できない。金融商品のようなものを購入すると1年で数%も元金が増えること自体が不思議すぎてならない。汗水たらさずにお金が増えるようなことがあってよいはずがない、そんな社会が存在することがはっきり言っておかしい。常識的に考えれば、銀行にお金を入れておいたら、同じ量のお金を返してもらえるだけでも、そのお金を長年守ってもらったお礼をすべきなのだ。

分からないことが多すぎるが、正規の料金を払って正しい製品を買う方が良いのだと思う。生産者は正しくもうけてもらったらよいと思う。消費者がそういう態度を示し続けないと、さいごに消費者につけが回ってくるような気がしてならない。
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# by khosok | 2015-03-26 22:14 | Comments(0)

幸せは測れるか?

今住む街で集中治療関連の大きな学会があったので日本からもたくさんお知り合いや先輩が来られました。同じ関心を持つ日本人と話しその中で垣間見られる夢と現実を見るにつけ相対的な幸福という議論をまたもや思い出しました。

デンマークを1番とランキングした調査や他にもいろいろ調査研究はあるのでしょうけど、人の幸福というのは相対的でありまた主観的でもある不思議なものです。人と比べると幸せだと相対的幸福感を抱きながら、同時に人と比べても仕方がないとそれを主観的に修正する。国ごとの比較など個々人にとっては全く意味を持たないし、移住の参考になろうはずもない。国の平均値が自分に適応されると想像するほど人はお気楽ではない。

個々人が幸福を点数化する際、実際の幸福感は個別の一つ一つの事象に対して評価されている。その一つ一つの対象に対する幸福感に自分の関心係数をかけて総合点数にする。それらの積分値として、現在の自己幸福感覚を8と簡略化する。

こんな具合だ。ある人がマラソンで10位入賞するという事柄に関して達成感を中心とする幸福感を9点と評価する。しかし、そのマラソンは、その人の人生の中で占める割合が5%にしかすぎず、それ以外の部分で家族との離別とかペットの死、マンションの負債とか、さまざまな相対的な不幸が80%を占めている場合は、マラソンの9点は希釈されてしまうだろう。マラソン大会のあったその日の幸福度が高まっても、年間幸福度はさらに希釈されるだろう。

それでも、きっと多くの人が相対的な幸福感覚をさまざまな言い訳を使って上方修正する。客観的に見て不幸であっても、自分は満足だと考え直す。人は幸福へひきつけられる傾向にある。短期の幸福にこころ満たされてしまうのも現実だ。しかし希釈の原理に着目すると、長期持続型の幸福を突き詰められることが重要であると思う。特に僕らのような社会の歯車の一つに過ぎない、とびぬけた個人ではない一般労働者は、次の世代の幸福追求を視野に入れた比較的長期的で総合的な幸福追求に自己を調整して投資することがよろしかろうという結論に達するように思われる。希釈されてもなお幸せであるという状態を求めるのだ。

幸福は測れるのだが、個人の幸福は主観的評価を一度は経ながら、希釈の原理の間に埋没していく。それは、臨床研究で2群間差の死亡率を競うが、その研究の被験者一人の生死とってはその試されている介入は極めてシリアスな問いなのだが、結局のところ30年前から確実に進歩した個々の医療の中で希釈される状況によく似ていると思われた。
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# by khosok | 2015-03-22 14:47 | Comments(0)

This is a strange country...

東京大空襲を含む日本本土の都市爆撃作戦は、戦後日本国内では大きく取り上げられることはなく、2000年以降になって、USの民間団体を中心にインターネットを通じた情報発信が行われていると理解している。

代表的なのは、これ
http://www.japanairraids.org/

BBCも本日のVideoですこし報じている。
http://www.bbc.com/news/world-asia-31809257

この中で一人の日本人体験者がインタビューに答えている。日本語部分を書き起こすと、
「東京大空襲のことについては、アメリカに遠慮してる、これがはっきりと感じられます。でも、これは本当にあったことなんでね・・・」のところまでで途切れ、英語のナレーターがこの上を、”Kisako is still angry. Maybe our goverment doesn't want to upset America. The bombing was discriminate. It killed over 100,000 people, but until now no investigation has been done. This is a strange country."

短いビデオクリップを作る苦労を考えると、それ程揚げ足を取るのも気が引けるのだけど、Kisakoさんはほんとにその途切れた日本語インタビューの続きで、「おかしな国ですよ」って、言ったのだろうか?「へんな国ですよ」「この国のことが分かりません」「理解に苦します」「理解できない」・・・日本語のどういう発言が、This is a strange country.と訳されたのだろうか?

strange(Oxford)
1 unusual or surprising; difficult to understand or explain
2 not previouly visited, seen, or encountered; unfamiliar or alien

strange(新英和)
1 妙な、変な、奇妙な;一風変わった;予想外の;おかしな、訳の分からない
2 みききのしたことない、まだしらない、初めての

このBBCのインタビューとしては1の意味から外れていない。つまり、簡単には理解できないという含意と思う。8月15日か9月2日、終戦か敗戦、GHQ、赤狩り、日米安保、朝鮮戦争、ベトナム戦争という時代の流れとそれを進めてきた人間の歩み自体がすんなりと万人に理解できるものではない。自衛隊発足、憲法9条解釈、PKO法案、自衛隊海外派遣を理解しようと努力するが、この現実も簡単ではない。立憲主義を取りながら政治は憲法解釈でしのいで現実を解決してきた、一党独裁であっても憲法は変えられそうもない、なんとむつかしい。東京大空襲を政治に使う必要が今まで一度もなかったが、さて調査したとしてそれをアメリカに報告しこれだけの犠牲の上にわれわれを改心させてくれてありがとう、自前で何とかしますのでアメリカには保証金は請求しません、民間人への戦争保証問題も相当むつかしい。常識では理解できない。

戦後民主主義、自虐史観とかいろいろあるわけだけれど、僕は、彼女が「今まで遠慮をしてきた、あれは明らかに差別的な行為だった、調査がされないことは、おかしい。」と自国の独立を当然のこととして主張したかったと信じたい。投げやりで自虐的な日本人とは思いたくない、国がストレンジだと言っていないと信じたい。私は、「国」自体は、きわめて美しく物珍しく輝きつづけてほしい。これはとても正当な国民の願望だ。決して右傾化だとは思わない。

原稿は、This was strangeでよかった。
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# by khosok | 2015-03-10 23:04 | Comments(0)

The cold never bothered me anyway

「すこしもさむくないわ」アナ雪のこの部分の英語歌詞ですけど。バイリンガールのChikaさんも、歌ってくれていました。(ちょっと遅いか・・・)
https://www.youtube.com/watch?v=vAizBW3sSuw

1月になるともう日が長くなるのが分かりだすブリュッセルですが、3月の今朝は息子との通学途中に垣根の新芽や小さな花のつぼみやらを見つけて春を感じました。息子も4月から小学校です。

私は30歳をすぎてから2回、職場を変えました。
2010年、京都のICUから宮津のオペ場
2013年、宮津からブリュッセル
そして、2015年、あと半年で、ブリュッセルから日本に帰ります。
いつも次の職場が決まり今の職場が終わるまでの半年くらいの間というのはとても充実する感じがします。今までの数年のまとめをし、次の職場が始まるまでに準備運動をしはじめワクワクしてくる、この期間は多くのことが良い意味でリフレッシュされて前向きにいろんなことを考えてかつ不安がそれを緩やかに支える。

今回も同じで、いろんなことを考えつつまとめの論文をしっかりとまとめて、次の職場の準備に新しい課題をすこし自分なりに考える。新しい職場に行けば、初めの半年はまた順応にあくせくするし、それまでのつかの間の充電期間といえるでしょう。

今年の違いは季節感。今までは春に移動でしたが、今回は、夏の移動です。冬がだんだん春になる時期にこの準備をします。そして夏に、過ごしやすい気温20度のヨーロッパからモンスーンの湿度90%気温35度の日本へ。準備の期間が暖かくなっていく気候というのは、なんだか後押しされている感じで、心地よいものですが、同時に不安も強いです。

今朝は、3度くらいの気温で外では息が白い朝が続きますが、すこし気が引き締まるくらいで苦痛ではない。まだ寒いヨーロッパですが、「すこしもさむくないわ」と虚勢をはるのではなく、「寒さにはきっと負けないわ」とか「寒さにじゃまなんてされないわ」と自信をもってまとめと準備を進めたいたいものです。The cold never bothered me anyway、英語の意味としては、後者でもいいはずです、よね?

娘が何か月も歌い踊っているこのLet it goはいい歌だなあ。
https://www.youtube.com/watch?v=L0MK7qz13bU
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# by khosok | 2015-03-06 04:51 | Comments(0)