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まだまだ森を歩くぞ!!救急・集中治療医のブログ

おつかれさまでした・・・

私の父は定年間際の在職中に倒れ、意識の戻らぬまま退職したのであるが、その頃からもう25年が経った。地下鉄サリンの頃だった。NHKの夜ドラマでベートーヴェンの月光が使われていた。

その死に際して、母が、つまり、父の妻が、父にどんな言葉をかけたのか、あまり覚えていない。死なないでと言っていた記憶はない。残されるものたちでしっかりと生きていくしかないという覚悟を無言で示していたのではないか。

まず回復の望めない蘇生後脳症としての終末が半年ほど続いたので、死に際しての困惑は大きくなかっただろう。そうとなれば夫婦でなにかしたかったというような希望をことさらに表現することにもならないだろう。子供が巣立てば別に夫婦でい続ける必要もそれほどない関係であったように感じる。

25年経って、40を過ぎた息子が、世間をすこしは見聞きしてきた男子が、定年間際の在職中に倒れ、意識の戻らぬまま退職した父の葬儀において、(あるいみ人前において)どんな言葉を父にかけるかを考えた時、わたしとしてのしっくりくることばを見つけられない。周囲社会では理不尽な死や苦悩が渦巻いており、そうしたなかに父の死はそれほど特別なものでもないし、不幸を矮小化して内向させるほどの自己愛はことさらはずかしい、としてその反動で周りの集まってもらった方がたへの感謝を示すばかりに終始しそうだ。低調でしかし希望を内在させたきらめくような月光をひとり心の支えにようにしていつかすこし遠い将来のぼるかもしれない朝日を思うことなく闇夜にすごす暑い夏の夜のぬるりとした空気が当然のものとして感じられる友人を特には欲しないという固執した孤立感をまた人に悟られたくないという意識から抜け出せない、そのまま25年が過ぎたように決して病的にではなく朗らかに思っている。

# by khosok | 2020-06-28 17:15 | Comments(0)